震災と保険会社の財務

下記質問に対して@maisudaiさん(http://twitter.com/#!/maisudai)に書いてもらったhttp://maisu.blog.shinobi.jp/Entry/1001/ので、自分も書いてみる。

期末間近の震災に対して期末後に想定される支払い急増への財務的手当てについて損保の考え方を教えてください。

自分の知識の範囲・レベルで書いていますので、突っ込み大歓迎です。

1.資産面
保険金支払総額は業界全体で2,000億円規模(4/12付・生命保険協会長)とのこと。
この程度であれば普通に現預金の範囲内で十分対応可能というのが主見解です。生保協会月次統計(http://www.seiho.or.jp/data/statistics/monthly/index.html)によれば、1月末の現預金残高は3.5億円あり、1桁違うことがわかります。
なお、資金繰りでは、平時からこれだけは確保しておき、余剰分は運用にまわそうというラインがあります。これは各社各様だと思います。会社によっては効率的に運用しているためにもしかしたらその瞬間の現預金では足りないかもしれませんが、コールローンのような運用期間の短いものをまわしてくれば対応可能な範囲と考えます。さらにその間に収入保険料も入ってくるでしょう。

なお、生保は損保に比べて保険金請求のピークは時期的に後になると思います。
(保険の対象が、損保の場合は家屋等ですが、生保の場合は人の生命が主のため。)保険証券の紛失等も多いでしょうから、なおさらです。

2.負債面
支払額のうち、通常の予測の範囲である一定割合(これは商品や契約属性、期間によってまちまち。定期保険だと少なく、貯蓄性だと多め)が責任準備金としてすでに負債計上されています。
これを超える部分が実質的な支払時の負担になりますが、今回の地震に対応するものを負債として計上すべきかという議論については、企業会計原則注解18に、以下のような記載があります。

 将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。 製品保証引当金、売上割戻引当金、返品調整引当金、賞与引当金、工事補償引当金、退職給与引当金、修繕引当金、特別修繕引当金、債務保証損失引当金、損害補償損失引当金、貸倒引当金等がこれに該当する。

 発生の可能性の低い偶発事象に係る費用又は損失については、引当金を計上することはできない。


今回の件に当てはめて考えると、
(1)将来の特定の費用又は損失(○=既請求ならば当然に当期の費用として計上。未請求ならばこれを満たす。)
(2)その発生が当期以前の事象に起因(○=これは議論なし)
(3)発生の可能性が高い(○=個別の契約については微妙ですが、契約者群団としてみれば十分に高い)
(4)その金額を合理的に見積もることが出来る(○=警察庁や報道情報と自社の契約データの照合+統計的な見積もりは可能)
というわけで、負債性引当金として計上する要件はみたしています。(実際に計上すべきかどうかは、重要性の原則等も加味して考える必要があります。)

実際に計上する場合、語感からはIBNR(既発生未報告備金)が思いつきます。これは、現金主義を発生主義に修正する支払備金勘定の正確からしてもよさそうです。ただ、これに関する法令は、過去3年度末の実績から当期末の実績を推測する手法が記載されており、今回の震災の影響は織り込めない形式です。(このあたり損保とは様相が異なるように思います。)さらに、「○○以上を積み立てなければならない」ではなく、「○○の金額を積み立てなければならない」であるので、実務上震災の影響を織り込もうにも各社ばらばらになるでしょうから、法令上の何らかの対応が望まれるでしょう。
IBNRを使わない場合、何を使うんでしょう…適切な勘定科目が思いつかないのですが、危険準備金Ⅰを多めに積むとか?(ただし、後述の議論もあり、筋が悪いです。)

また、これは当期ではないですが、来期末に用いる今期末のIBNR実績をそのまま使ってよいのかという部分も議論される余地があります。


さて、今回のような大災害に備えて、危険準備金I(保険リスクに備える危険準備金)を積み立てています。阪神大震災のときのクッションもここでした。
通常の予測を超える死亡が発生していると見込まれるので、取崩が必要と考えられるが、当期の死差損益はあまり悪化していないはずである(未報告の請求は計上されないため。この部分は1月に発生した阪神と異なる。上記IBNRでなんらか追加計上できていれば反映できる)ので、目的外取崩として各社必要に応じて届出の上取崩を行うのではないかと考えられます。
おそらくここはセットの議論であり、「将来の支払額の推定」→「対応する準備金の取崩」ということになるでしょう。ここをセットにしている限りにおいて、当期損益への影響は損保ほどではないように思います。

ちなみに来期への影響ですが、危険準備金Ⅰは、保険リスクの増加に対してその年度で一括で計上する形をとっており、積立基準∝リスク対象契約の増加、積立限度∝リスク対象契約の総額ですので、これを取崩した会社も来期の繰入負担はほぼ変化が無いです。ただし、会社判断で取崩分を平準的に回復しようという発想はあるはずなので、一定の影響はあると思われます。